

晩春の連休がいったん春をやめてしまったような午後!酒とつけ麺で温もる!

武蔵野の空気はやわらかなはずの季節に、ひやりとした指先をそっと差し戻してきて、駅前の喧騒よりも、少し奥へ、少し静かな場所へ身体を向かわせるのです。三鷹駅北口から西久保へ歩く道は、わざわざ旨いものを食べに行く道というより、気持ちの芯を整えに行く道でした。高い人気を保ち続けている麺屋さくら井です。

現在の店舗は井の頭通り沿いにあり、三鷹駅北口から徒歩13分ほど。店の履歴を辿っても、そして近時の訪問記を眺めても、この店では「昆布水つけ麺 醤油」も「和山椒香るよだれ鶏」も「サッポロ赤星」も、それぞれが単独で主役を張れる顔ぶれです。今日はその主役たちが、一卓の上で静かに並び立つ日。胸の中に小さな拍手を鳴らしながら、私は店の扉をくぐりますー。

<サッポロ赤星> 冷えた瓶の琥珀がこれから始まる一杯の輪郭を先に整える!実に頼もしい前奏!



まずはサッポロ赤星。卓上の木目に、あの古風で気取らぬラベルがやけに似合います。こういう日は、喉を鳴らして飲むビールがいいのです。グラスへ落ちる液体は重たさを持ちながらも濁らず、泡は過剰に騒がず、ただきちんと立ち上がる。



ひと口で、苦味が先走らず、コクが遅れず、喉越しだけが勝ちすぎない。だから旨いのだと思います。赤星は、現存する日本最古のビールブランドで、熱処理ならではの厚みのある味わいが特徴だと公式にも案内されています。



実際にこうしてラーメン屋の昼下がりに置かれると、その説明は急に体温を持ちます。今日はこの赤星が、単なる酒ではなく、この探訪の開会宣言でした。


<和山椒香るよだれ鶏> 黒酢の艶!和山椒の風!もろみ麹の奥行きが一体となって淡い鶏胸肉を名作へ押し上げる!

続いて現れた、和山椒香るよだれ鶏。いやはや、これは前菜の顔をした小さな事件です。白い皿の上に整えられた低温調理の鶏胸肉は、見るからに水分を失っておらず、ぱさつきとは無縁の静かな光を湛えています。


そこへ黒酢の個性がきっぱり立った黒いタレ。さらに白胡麻、たっぷりめの白葱、嬉しいほど多めのフライドガーリック、そして青い香りを差し込む葉の演出。ひと口でまず来るのは、もろみ麹に漬けた鶏胸肉のふくよかな下味です。そのうえから黒酢が輪郭を描き、和山椒が、刺すのではなく、ふわりと鼻梁をくすぐるように攻めてくる。この山椒、あくまで推測ですが、どこか艶のある香り立ちで、ぶどう山椒を思わせるほどに品がいい。


そこへ白葱のやわらかなザクザク、フライドガーリックの香ばしい歯応え、白胡麻の丸い香りが次々と加勢して、淡白で終わるはずの鶏胸肉が、実に立体的な料理へと変わっていきます。赤星をひと口戻せば、黒酢の影と山椒の余韻がきれいに立ち直り、また箸が伸びる。これは“つまみ”ではありません。赤星の相棒を名乗りながら、しっかり単品で喝采をさらう、堂々たる名作です。

<全体>昆布水に整列した麺線!旨みを秘めた琥珀のつけだれ!食べる前から勝利を予感!

さて、主役の登場。大きな器には、昆布水をたっぷり張った静かな水面。その上に、すっと線を揃えて横たわる麺。乱れない、媚びない、しかし美しい。海苔が一枚、青い葉がひとひら、柚子胡椒と思しき緑の小さな塊、そして上品ながら大胆な肉片が添えられ、見た瞬間に「今日は順番に攻略してゆく料理なのだ」と理解できます。

対するつけだれの器は、黒に近い琥珀の底で、白葱が幾重にも浮かび、青菜の緑が要所を締めている。つまりこれは、静かな麺の器と、雄弁なつけだれの器。二挺一対。やたらと映えるのに、どこにも虚飾がないのが見事です。旨みがギラつきそうでいて、品位が最後の一線を守っている。その均衡だけで、すでに一杯の物語は始まっています。

<つけだれ> 醤油は堂々と立ち角を立てず!乾物と動物の旨みが層をなし昆布水と出会い風景を変える!

まずはつけだれだけを、ひと匙。おお、これは面白い。醤油感はしっかり前に立つのに、エッジだけが尖らないのです。切れ味を持ちながら、口当たりは妙に丸い。分かりやすく濃いのではなく、分厚い。乾物類が溶け込んだ芳醇さが土台をつくり、その上に明るい動物感がすっと前へ出る。らぁ麺のスープよりも、明らかに“攻めている”のに、荒ぶった印象はありません。むしろ設計が行き届いているからこそ、厚いのに疲れない。



さらに真価は、麺を浸してからです。昆布水をまとう麺が一往復するたび、つけだれの中に昆布の旨みととろみが少しずつ移っていく。すると醤油の輪郭がぼやけるのではなく、むしろ内側から肉付きを得てゆくのです。最初の一口は琥珀の刃、後半は琥珀の層。グルタミン酸の景色がじわじわ広がっていく、と言いたくなるほど、旨さの地図が時間差で描き変わっていきます。食べ進めるほど面白くなるつけだれ!。

<麺> 昆布水に浸ってなお麺の芯が曇らず!藻塩でも柚子胡椒でも真価失わず!品格備えた細麺!

麺は、実にいい顔をしています。するりと滑らかなのに、頼りないわけではない。素地の芯まで丁寧に茹で上がっていて、しかも冷水でしっかり締められているから、唇の上ではやさしく、歯ではきっちりと返ってくる。まずは藻塩をほんの少し。これが猛烈に旨い。


いや、正直に申し上げれば、この時点で「もう麺だけで充分では」と思ってしまうほどです。昆布水のヴェールの下から、小麦の甘みがすっと輪郭を得て立ち上がる。塩が味を足すのではなく、麺の声量を上げるのです。続いて柚子胡椒。ここがまた面白い。普通なら刺激に麺が負けそうなものですが、この麺は負けないどころか、柚子胡椒の香りと辛みを受けて逆に素地の旨さがくっきり見えてくる。衝突ではなく、照明です。さらに器の片隅に控える柑橘を少し触れさせれば、全体の重心が一段だけ軽くなる。




つまりこの麺、つけだれに浸けて完成する麺でありながら、そのままでも、塩でも、柚子胡椒でも、立派に独奏できるのです。整った麺線は視覚のためだけではなく、味の順番を守るための整列でもあったのだと、食べ進めるうちによく分かります。本当に大した麺です。









<チャーシュー> もろみ麹の品のよい下支えを受けた豚肩ロース!静かに確実に一杯の品格を一段引き上げる

添えられた豚肩ロースのチャーシューは、この店の名作と呼びたくなる出来映えです。低温調理ならではのしっとり感はもちろんありますが、ただ柔らかいだけでは終わらない。噛むと、肉の繊維がほろりとほどけ、その少し遅れて、もろみ麹由来の穏やかな甘みと旨みが後ろから追いかけてきます。


これが見事なのは、麹の個性が前へ出すぎないところです。あくまで豚肩ロースの肉味を立てる側に回っている。つけだれの醤油感と合わせても喧嘩をせず、むしろ肉の輪郭だけをふっくらさせる。麺が主役、つけだれが演出家だとするなら、このチャーシューは物語を支える名優です。派手な登場はしないのに、食後になってから「あの人、すごくよかったな」と思い出すタイプ。こういう肉は、強いです。

<メンマ・青菜・白葱> 細やかな脇役たちが食感と清涼感のリズムを作る!濃厚な旨みの流れに見事な息継ぎ!

メンマは細く長く、繊維がきゅっと詰まり、サクリと歯切れるのが心地よい。大声では語らないのに、噛むたびに「私はここで仕事をしています」と伝わってくる律儀な歯応えです。青菜は小松菜系の清涼感を発揮し、醤油の厚みや肉の旨さの合間に、口の中へ小さな風を通してくれる。こういう一口があるから、全体が最後まで濁らない。そして白葱がまた嬉しい。量はしっかりめ。柔らかなザクザク感が先にあり、その後に葱特有の甘みが静かに残る。つけだれの表面でくるくる浮く白葱を麺と一緒にすすると、香りと食感が一段増して、旨みの密度に細かな陰影がつくのです。名店の一杯というのは、主役が強いだけでは成立しません。こうした小さな部品が、全部ちゃんと旨いこと。その事実こそが、結局いちばん贅沢です。
<昆布水割り> 締めの一投!食後ではなく“第二の完成”をもたらす最後の一口!感動を更新!


終盤、麺皿に残った少量の麺と昆布水を、つけだれの器へそっと送り込みます。すると、そこで終わりではなく、もうひとつの見せ場が始まるのです。今日は幾分、昆布水のエキスが濃いようにも感じられました。


器へ落ちた刹那、液面の一部がふわりと寄り、わずかに凝るような表情すら見せる。なにしろ“割る”のに、薄まった印象がほとんどない。むしろ、つけだれの角が静かにほどけ、乾物の旨み、動物の旨み、葱の甘みがひとつ遅い拍でまとまってくる。そこへ最後の麺を啜れば、最初に感じた醤油の華やかさとは別の、深く落ち着いた旨さが開くのです。これが実にいい着地です。


食後の処理ではなく、余韻の設計。ラーメン屋の締めの儀式という言葉がありますが、これは本当に儀式と呼びたい。最後の一手まできちんと意味があるから、食べ終わったあとに「もう終わってしまった」ではなく、「最後まで見届けた」と思えるのです。


総じまして...「上品さと大胆さ!静けさと厚み!整然とした設計と食べ進めるほどの変化が高い次元で両立!見事な昼下がりの名篇!」

麺屋さくら井の昆布水つけ麺 醤油は、ただ美しいだけのつけ麺ではありません。ただ濃いだけの醤油つけでもありません。ただ意識の高い素材主義でもありません。整っているのに、ちゃんと攻めている。攻めているのに、どこまでも端正。最近の記録でも、移転後の醤油つけは円やかな厚みと変化の面白さで高く評価され、麺だけでも成立する完成度や、もろみ麹を用いた肉の仕事ぶりが繰り返し言及されていますが、まさにその通りだと膝を打ちました。しかも今日は、赤星とよだれ鶏が先に感覚を開き、そのうえで昆布水つけ麺が本篇を担うという流れまで完璧で、昼食というより、順番まで美味しい小さな劇場でした。
つまりこの日の一卓は、「何を食べたか」だけでなく、「どう食べさせたか」まで素晴らしかったのだと思います。赤星で呼吸を整え、よだれ鶏で舌を醒まし、つけだれで驚き、麺で感心し、具材で緩急をつけ、昆布水割りで静かに幕を下ろす。上品なのに記憶へ強く残るのは、この店が旨さを一点ではなく、流れとして組み立てているからでしょう。少し季節が逆戻りしたような肌寒い晩春の日に、かえってこの一杯の輪郭は美しく際立っていました。激しくオススメ!旨し!なので・・・とっとと詠って、いつものように締めたいと思います!。

お粗末!と言うことで家族にも感謝しながら合掌!!今日も本当にごちそうさまでした!







