ラーメン食べて詠います

仕事の合間に悩んで食って詠います・・・

【今週のラーメン2793】 おだしと小麦 一三O (京都・一乗寺) 干貝柱と羅臼昆布のおだし 削りたて鮪枯節つき


<京和風もここまで極まれり!極上淡麗の満足感>


 とある事情により、また急遽京都へ・・・・・。用事を終えてしばしのラー活です。天下一品総本店の近くまで来てスルー。目指すは、「おだしと小麦 一三O」さん。以前ここには、「伊佐夫」と言うとても自分好みの淡麗なラーメン屋があったのですが、居抜きかと思えば少し寂しい。しかし、「一三O」は読み方を変えれば「伊佐夫」であり、リニューアル店だと知って、妙に胸を撫で下ろしてしまいました。それにしても、以前の訪問時よりは、何だかコンセプトが一層研ぎ澄まされた…………と言うか、かけ蕎麦一本勝負といった潔さがある。空気感もキーーーンと張り詰めたような清々しさを感じます。新緑のいい季節もあって、開けっ放しの入り口からそよぐ風も気持ち良し。暑くも寒くもなく、生命感が踊る京都東山の息吹も感じます。


     






 今回は、久しぶりに長ーーーーーいメニュー。「干貝柱と羅臼昆布のおだし 削りたて鮪枯節つき」をいただきました。そう言えば、ローカルネタだが京都銀行のCMって、「長ーーーーーーーーーーーい」んだったね。


     





     











お通し:「先に味わって味蕾の感覚を整える」


 これは、サービス品。小皿に地野菜の湯引きっぽいのを提供してくれます。温野菜と言うより、温度が常温なのがとてもよろしく、苦味が飛ばないところが大変よろしいようです。ラデッシュは生ですが、ご店主は、「麺が出てくるまで先にお召し上がりください」との心意気での提供です。後から考えると、これが大変、その後の流れがよろしくさせていると思う。口の中を、一旦メインの一杯が運ばれてくるまで、感覚を整えると言うか、そんな感じ。箸が進む味わいとは別で、ゆっくりと野菜の苦みや甘みを楽しみたいと思わせてくれる質感が、とても雅やか。淡麗な日本酒のアテにでも十分に通用するお野菜小皿。盛り付けも見事で、この時点でちょっと気持ちが持って行かれたかもー(笑)。箸休めという感覚ではない、何か凛とした精神性も味わわせてくれるようです。












おだし:「干貝柱も仄かさは滋味!昆布のしっとりさは美味! 枯節の華やかさは凄味!」


 配膳と同時に、鮪の枯節を提供してくれます。しかもこの枯節は注文を受けてから、必要分削り出すという手間のかけようです。配膳が終わったら途端に、ご店主から「後半に枯節を入れてください」とのご説明を受けます。まずはそれに従いましょう。そのまま、「おだし」をダイレクトにいただくこととする。これがまた、淡麗の極みというか、淡麗が裏返った優しさというか、淡麗の本質というか・・・・形容のしようがないうまさ。







 いわゆる薄味です。それはまるで、「水割りウイスキー」における「水の役割」。旨さや香りを因数分解し、また割る以前には存在しなかった華やぎを醸し出すのを連想してしまう。干貝柱と聞いて、あの濃厚なグルタミン酸(?)の存在感を連想しませんか?。それがほんのりと色づく感じの儚さを保つ味わいでして、それなのに不思議と物足りなくない。加えて「羅臼昆布」と聞いて、これまた同じようなグルタミン酸を連想しませんか?。こちらも同様な存在感で、シンプル・イズ・ベストとしか思いつかない味風景です。感心するのは『おだしの温度』。そんな儚い味わいなら、高温なら飛んでしまいそうですが、結構熱々な状態で提供してくれているのに、香りが飛ぶどころか定着化してるのが伺えます。この時点で相当満足しているのですが、さてここらか真打登場ということで「削りたて鮪枯節」を投入します。その前に、1枚2枚の枯節をつまんでいただくと、これまた酒のツマミにでもなりそうな、上品でしっかりした味わい。







 投入してしまえば、まるでとろろ昆布のような感覚であっと言うまに沈んで溶けて行きます。ここからは、枯節から滲む「イノシン酸」のオン・ステージです。たった数枚の枯節を入れただけなのに、塩気の効いたような旨味がブワーーッと広がるから、一気に華やぎます。枯節自体の味が濃ゆいというより、複数のアミノ酸が一気に相互作用を展開し、味の深みを増幅したという味風景。シンプルというよりカオスという感覚ですが、実は普段食っているラーメンスープと比して冷静に考えれば、この状態でいつもはシンプルーーー!って心で叫んでいるわけだ。味の濃い薄い、深い浅い、シンプルか複雑かなど、いかにも絶対的観点でレビューしているつもりが、結局相対価値比較でしかないわけやん!!。








 そして、この「おだし」を味わい終わったあと、脳が汗かいたような爽快感があったことも付け加えておきます。












麺:「小麦とつなぎ玉子の高密度感は比類なし!歯応えと滑るシルエットは明確!」


 このように淡麗なスープには、なんととてもハードな麺を合わせてきた!。どこまでも私の裏をかいて楽しませてくれます。小麦の風合いを楽しむという心の整理は当然していました。そして箸でリフトした途端に、その麺の潰し込みの強さというか、密度の高さがあることに驚かされます。平打ち形状で、穏やかな表情をして漂っていたから、しなやかな麺だと思い込んでたら、結構ガチガチハードな感覚で、それなのに、しなやか麺のように麺同士がまとまりがある。これは想像ですが、カンスイは使ってないのでは?。小麦粉の風合いがとてもストレートに伝わってくるし、何だかそば粉が入っているような素朴なイメージ。さらに想像というか妄想なのだが、それらを打ち水などというより、卵主体のつなぎ感覚を覚えます。







 前歯のあたりは、この風貌にしてパツパツ。しかも、これほどの熱々のスープに浸っていて熱ダレ0%。汁吸い込みも低い。だから最後まで麺の風合いが生きるし、「おだし」に麺の余計なエキスが溶け込まない。奥歯でのプレスでは、ハードでニチニチっとしたすり潰しになります。また喉越しがいちいちいい感じ。すすりあげてからの、口の中のメッセージというか、駆け抜けるシルエットというか、非常に明確です。よくある風貌ですが、ラーメンの中では似たものを思いつきません。












 総じまして、「淡麗突き抜けて風流!禅すら覚える向き合う一杯!」と言う感覚で清々しいー。私のようにラヲタ感覚で食うのはおすすめしません。ただ、心を空(くう)にして食う(くう)。京都散策のついでに、京都一乗寺ラーメン街道ツアーをされるのでしたら、こういうのも一つ訪問先に加えておくと、思い出深いものとなりましょう。個人的にオススメです。どこか本当は教えたくないほどに・・・・。ということで、最近個人的にバタバタしていて京都に来る機会を得てますが、しみじみとさせてもらった食機会には本当に感謝です。そんな気分で詠います!。



   晩春に
   葵の青さ
   眩しくて



   清しく食う
   そよ風麗し



 お粗末!と言うことで家族にも感謝しながら合掌!!今日も本当にごちそうさまでした!!!

月刊京都2017年5月号[雑誌]

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